「御伽くん、か。……覚えてないよね」 ちらり、と御伽くんの方を見る。 昨日転校してきた御伽龍児くん。 御伽くんとは、小学生の時に、よく図書館に行って勉強した。 それに、いろんなゲームもした。トランプとか、オセロとか。 ……いつも、わたしが負けてばかりだったけど。 六年生のときに、わたしが親の都合で転校してしまって、それきり。 もう会えないと思っていた。 声をかけようかと思ったけど、もし覚えていなかったら……。 授業の合間の休み時間はクラスの女子が彼の周りを取り囲んで、ゆっくり話す機会なんてない。 それに、放課後ともなると他のクラスからも女子が集まってきて、余計に声がかけられない。 「……帰ろう」 *** 昇降口まで来て、下駄箱から靴を取り出し履く。 上履きを戻して帰ろうとしたとき、声をかけられた。 「ねえ、君」 「え?」 後ろを振り返ると、そこには御伽くんが立っていた。 「僕たち、前に……ずっと前だけど、一緒に遊んだよね」 その言葉にどくん、と心臓が跳ねた。 「……それは」 「名前」 御伽くんが傍まできて、わたしの肩に手を置く。 「名前は忘れちゃった?」 御伽くんのその言葉に、胸がきつく締めつけられる。 忘れたことなんて、一度も。焦がれて、何度も夢を見た。 「わ、忘れてなんか……!」 「……よかった」 御伽くんがわたしの背中に手を回し、そのままわたしを抱き寄せる。 わたしも御伽くんを抱きしめる。 「好きなんだ、名前のこと。あの頃から。伝える前に、君はいなくなっちゃったけど」 「わたしも。……大好き」 あの時のほのかな恋心。 視界が歪んで、わたしは御伽くんの胸にとっさに顔を押し付けた。 泣き顔なんて、見られたくない。 御伽くんは何も言わずに、わたしの髪を撫でて、それから。 「目を閉じて、顔、上げて」 御伽くんの言うとおりに、わたしは目を閉じて顔を上げる。 あたたかくて、少しかさついた唇が濡れたわたしの目尻に触れて、そして、唇にも。 「もう、どこにもいかないで、名前」