「マリク、ケーキ買ってきたよ」 名前が帰ってくるなりそう言って、ケーキの入っている箱をオレの前に置いた。 「へぇ。ケーキねえ」 「うん。ザッハトルテと、フルーツタルトだけど」 そう言いながら名前はてきぱきと食器を出してケーキをのせる。 オレの前にはフルーツタルトが置かれた。 瑞々しいフルーツがたくさんのっており、きらきらと輝いている。 せっかくだから、と名前は紅茶の準備をしはじめた。 オレは特にすることがないので、頬杖をついて目の前のフルーツタルトを見たり、 名前を見たりと、視線をさまよわせる。 暇なオレと違って、準備に忙しい名前はティーポットに茶葉を入れたあと、カップを二つ、棚から出した。 その時に、火にかけていたやかんが鳴り、お湯が沸いたことを名前に知らせる。 名前はコンロの火を止めて、熱いお湯をティーポットの中に注いだ。 「いい匂いでしょ」 「そうかねぇ……」 ふんわりとあたりに漂う匂いに名前はそう言った。 オレは特に思うこともなく、適当に返事をする。 名前は、もう、と言って、ティーポットの中に視線を移した。 茶葉が開くまで少し待ったあと、名前はカップの中に紅茶をいれた。 そしてそれぞれのケーキがのった皿の横に紅茶の入ったカップを置く。 「お待たせ。じゃあ食べよう」 「ああ」 フォークを持って一口分に切り、口へ運ぶ。 「おいしいね」 名前はそう微笑み、もう一口ザッハトルテを食べた。 「随分と幸せそうじゃねえか」 「うん。ケーキすごくおいしいもん。 それに、マリクと一緒に食べてるからもっとおいしく感じるよ」 少し冷たい言い方をしてみても、今の名前にはきかないらしい。 逆にこっちが恥ずかしくなるようなことをさらりと言ってのけやがる。 オレは名前から手元のフルーツタルトに視線を移した。 まだ一口分しか欠けていない。 名前の皿のケーキを見ると、すでに半分は名前の胃に収まっているようだった。 「マリク、どうしたの?」 オレがちっともタルトに手をつけないのを見て、名前は不思議そうに訊ねてきた。 「いや……」 「あ、もしかして……ザッハトルテの方が食べたかった?」 「なんでそうなるのかねぇ……」 オレはため息をついた。名前は少し落ち込んだようだった。顔が俯く。 「ごめん……」 名前は小さな声でそう呟いた。 オレは別にザッハトルテが食べたかったから怒っているわけでもないし、謝ってほしいわけでもない。 どうしたらいいかと少し考えた後、目の前のフルーツタルトに目がいった。 名前がケーキを食べた時、幸せオーラ全開だったな、そういえば。 オレはフォークでフルーツタルトを切り分けて、名前の口元に運ぶ。 「え、マリク……?」 名前が驚いたようにオレを見た。 目尻には少し、涙が浮かんでいる。 「そんな顔してんじゃねぇ」 はやく食え、とフォークを少し動かすと、名前は口をあけて恐るおそるタルトを食べた。 ゆっくりと噛んで、飲み込む。 食べ終わった後、名前の顔に笑顔が戻った。 「マリクは優しいね」 「……何言ってんだか」