薄暗い部屋。 明かりはなく、月からの光だけがこの部屋の窓辺を照らしている。 その窓辺に名前は立ち、先ほどから夜空を眺めていた。 「今日は月が綺麗だよ。……そのせいで星はよく見えないけど」 名前は、部屋の奥の椅子に座っているマリクにそう言った。 少し興味が沸いたのか、それまで名前の姿を眺めているだけだったマリクは、 椅子から立ち上がり、名前の隣に来て口を開いた。 「ああ。……今日は満月か」 窓の外を覗くと、暗い空に浮かぶ丸い月が見えた。 「夜だけど、お互いの顔が見えるね」 名前は月を見ているマリクの横顔を見てそう言った。 マリクはその言葉に月から目を離して名前の方へ体を向けた。 そして名前の頬に片手を添え、数回撫でると、名前は気恥ずかしげに微笑んだ。 「……いつか、見えなくなってしまうんだろうか」 ふと、マリクがそんなことを言った。 「どういうこと?」 名前はマリクの発言の意味がわからず、聞き返すと、 頬に添えられたマリクの手にほんの少し力がこもるのがわかった。 「月は、満月になったらあとは欠けていくだけだろう? 光は、ずっと差しているわけじゃない」 ……いつか、新月がきて、光はなくなる。暗闇の中でお互いが見えなくなる。 そう言って、マリクは、悲しそうな顔で名前を見つめた。 マリクを苦しめる記憶。 墓守の儀礼を受けたあの時の苦痛と、王の魂への憎しみ。 名前はそのことをマリクから聞いたのみで、その場に居たわけではないが、 それらにまつわる事はマリクの心から決して消えることはない傷だということは、容易に想像できた。 暗い過去を持つマリクの言葉に、名前はどう答えたらいいかわからなかった。 訪れる少しの沈黙。それを破ったのはマリクの方だった。 「ごめん。こんなこと言って」 少しして、マリクは名前の頬から手を離して、力なく微笑んだ。 それを見て名前は心が痛くなるのを感じた。 何も声をかけてあげられないことに悔しさを覚える。 離されたマリクの手を見つめる。先ほど触れられた時のあたたかさ。それを失いたくはない。 「マリクが闇の中にいるときは、わたしがその闇を照らすから」 気付けば名前はマリクにそう言っていた。 名前には、上辺しか知らない自分がこんなことを言うのはおこがましいかもしれないという思いもあったが、 それよりもマリクを守りたいという強い思いから、自然と言葉にしていた。 「弱い光かもしれないけど、少しでもマリクの力になりたい。 それに、月はまた顔を出してくれるよ。太陽がある限り」 名前はマリクの手をとって、両手で包みこみ、マリクに言った。 マリクの眸に宿っていた悲しみが、少し薄れた気がした。 「……ありがとう、名前」