台所で名前が食器を扱う音で目が覚めた。 まったく、耳障りな音だ……。 そう思いながら、ゆっくりと目を開ける。 ……ソファに横になっていたらいつのまにか寝ていたらしい。 身を起こすと、名前がオーブンを覗いている姿が見えた。 台所のテーブルの上には白い皿が一枚と、もう残り少ないジャムの入った瓶が置かれていた。 状況を確認していると、名前がじっと見つめていたオーブンから、ピピー、と間抜けな電子音が鳴った。 待ってましたとばかりに名前がオーブンのドアを開けると、ふんわりと甘い匂いが部屋に漂った。 「いい匂い」 「そうだな」 名前が嬉しそうにそう言ったのが聞こえたので、 オレはその言葉に返事をすると、名前はビクッと肩を震わせた。 「……マリク、起きたんだ。びっくりさせないでよ」 名前はオレの方を見ると、はあ、とひとつため息をついた。 「それより、何を作ったのか教えて欲しいねぇ」 「……バタークッキーだよ。そろそろおやつの時間だし、マリクも食べるでしょ?」 名前は置いておいた皿にクッキーを移しながらオレに訊ねた。 「……食う気分じゃねえ」 オレは正直にそう答えた。起き抜けにクッキーは少々重い。ケーキよりはマシだが。 「そっか。起きたばっかりだもんね」 「ああ」 名前はマリクのぶん分けておくね、とクッキーを取り分けたあと、 ジャムの入った瓶のふたを開けた。 「ジャム、もう少しで使い切るからクッキー作ったんだ」 瓶に残っているジャムをココット皿に入れながら、名前はそう言った。 入れ終わると、名前はクッキーの入った皿とジャムをオレのいるリビングのテーブルまで運んだ。 クッキーを見ると、ところどころに焼きムラがあり、それが手作りだということを主張していた。 名前はオレの隣に座り、クッキーを一枚手に取るとジャムをスプーンですくってクッキーの上に塗り広げた。 そのあと行儀よくいただきます、と言ってクッキーを食べた。 「うん。おいしくできた」 名前は嬉しそうに微笑み、もう一枚、と手を伸ばす。 名前のその姿を見ていると、なんだかこっちも食べたくなってくる。 ……うまそうに食いやがって。 そう思いながら名前を観察していると、名前が二枚目のクッキーを半分食べたところで、 口の端にジャムが少しついているのを発見した。 まあ、これぐらいなら。そう頭の片隅で思った後、名前に声をかけた。 「おい、名前」 「ん、なに? マリク」 名前がこちらを見たところで、オレは名前の肩に手を置いて顔を近付け、 名前の口端についたジャムを舌で拭い取った。 ついでに名前の唇にキスをすると、かすかにクッキーの味がした。 「へぇ、なかなか」 「! なっ、な」 突然のことに名前は絶句したのか、言葉になっていない。 オレはそんな名前をよそに、名前の手にある残り半分のクッキーを ひょいと指先で摘んで口の中に放り込んだ。 ジャムの甘さとクッキーのバターの風味が口の中に広がる。うまい。 「……マリク!」 やっとの思いでオレの名前を呼んだ名前の顔は既に真っ赤に染まっていた。 随分と可愛らしいその反応に、つい意地悪をしたくなってくる。 何をしてやろうか……。そう少し思考をめぐらせたが。 「まあ……、それは後だな」 「なにが、あと……むぐっ」 今はこの時間を楽しむとするか。 オレは抗議しようとする名前の口の中にクッキーを入れた。